「まちのしごと、まちのひと。」Vol.1 永塚 久恭さん

浜松まちなかで活動する人・働く人にスポットを当てた新コーナー「まちのしごと、まちのひと。」

そのヒトの想いや活動など「ヒト」にフォーカスをしたストーリーを紹介していきます。

 

記念すべき第1回目は、

「浜松田町ノ酒処永・縁の下食堂」の2店舗を経営し、

NPO法人しんみらいプロジェクトにも携わる

「永塚 久恭さん」にお話しをお伺いしてきました。

 

 

自己紹介をお願いします!

千葉県出身です。明治大学卒業後、某保険会社にて会社員を10年ちょっとやっていました。浜松との繋がりは会社員時代に仕事で来たことがあったんですね。そして奥さんと出会った街でもありました。その後色んな所に転勤したけれど、奥さんの地元である浜松に戻ってきて、それで脱サラして、2021年10月に浜松田町ノ酒処永をオープンしたという感じですね。

 

「浜松田町ノ酒処永」について教えてください。

浜松田町ノ酒処永は、旬の食材をふんだんに使ったお料理とお刺身、厳選した日本酒が楽しめるお店です。日替わりメニューで提供している創作料理も是非食べて頂きたいです。その時々の旬の食材を使用し、毎回違った楽しみ方もして頂ける一皿になっています。

オープンしたきっかけは?

きっかけは自分の子供にアレルギーがあったことでした。市販の離乳食ではアレルギー反応が出てしまってあげられなかったんです。だから全部手作りで作るしかない。でも奥さん一人で準備するのはとても大変で、それで自分も作る様になりました。人参すりつぶしたりとか、大根に塩だけで味付けしたりとか試行錯誤して。それでちゃんと手作りで作っていたら、子供の体調もどんどん良くなっていったんです。そこから料理に興味を持ち、レシピサイトとか見ながらどんどん新しい料理を作るようになってきて。そしたら、まあまあ料理ができるようになるじゃないですか。それで家に友人とか呼んで、料理を振舞ったら「美味しいね!」って言って貰えるのがすごく嬉しくて。ちゃんと旬の物や身体に良いもの食べれば体も元気になるんじゃないかと。で、食べてくれた人が喜んでくれてお金も稼げたらもう最高じゃないかと。それでこれを仕事しよう!と思って、当時32歳だったんですが脱サラをして、数年飲食店で修業をし、38歳の時に起業しました。

お店を2021年10月にオープンされて大変だったことはありますか?

そうですね、オープン当時はまだコロナ期間真っ只中だったんで、そりゃ大変でしたよね。お店以外にも掛け持ちでバイトしたりなんかして。朝は農家さんの所でバイトして、昼は自分のお店でお弁当作って販売して、夜はウーバーイーツの配達員やって、ほんと寝る間もなく働いていたなと思います。でもその時のことがあったから、今こうして働けているなとも思うし。まあ今だって本当に丸々1日お休みできるのは、月1回しかないですね。1日しか。でも自分の中で何歳までは頑張ると決めてやっている部分もあるので、そこは計画性を持ちながらやっていこうと思います。

なぜ街中でお店を始めようと思ったのですか?

街中で店舗を借りるというと家賃は高いでしょ。でその家賃が高い状態で経営が出来れば、郊外とかどこへ行ってもやっていけるなと思ったんです。まず難しい道を経験して、自信をつけてから楽な方へ行きたいとなと。集客自体は今そういう、なんていうんすか、街中だから集客できるっていうような感じではないでしょ。お店の魅力がないとなかなか難しいというか。僕も広告媒体とか使わずに全部自分でインスタあげたりして。でその投稿を見た方がまず来てくれて、知人に口コミで広めてくれたりとか。次は一緒に再来店してくれたりとか。紹介された方が○○さんから聞いて来たよー。って来てくれたり。そんな形で良いお客様に恵まれております。

ーー浜松田町ノ酒処永のInstagram☝(クリックすると永のInstagramに飛べます。)永塚さんが『一風変わった独創皿』と呼ぶ日替わりの創作料理の数々が紹介されています。センスが光る文章にも注目です。

普段の1日の流れを教えてください。

平日は朝7時半に市場行って仕入れして、それが終わるのがだいたい9時くらい。で、戻ってきて9時半で、そこからちょこっと仕込みして、日によってはその後農園に行って、季節の野菜を仕入れたりして。で、一度自分の家に帰って家のご飯作ったりして、お店に戻って仕込みしてお店オープンって感じですね。だから休憩時間とかはないかな。運転中とか、ちょっとコーヒー飲む時間とかが休憩時間になっていますね。

ーー忙しい日々を送っている永塚さん。まさに寝る間も惜しむ日々の中、浜松田町ノ酒処永以外にも力をいれている活動があるとか…?続いては永塚さんが携わる「NPO法人しんみらいプロジェクト」についてもお話を伺いたいと思います。

NPO法人しんみらいプロジェクトについて教えてください。

浜松市内の2ヶ所でこども食堂を運営しています。その内のひとつは、月に一度浜松田町ノ酒処永内で開催している「永ちゃん食堂」です。中学生まで無料、高校生以上300円で、毎回メニューが変わるランチを提供しています。また、毎月第一日曜日に開催している「ティーンエイジカフェ」は来てくれた子供たちと、みんなで料理をしたり、ゲームをしたり、それぞれ好きな時間を過ごしたり「学校でも家でもない第3の居場所」を提供できるよう活動をしています。
NPO法人しんみらいプロジェクトのInstagramはこちらから

更に2024年10月には浜松田町ノ酒処永内にて、『縁の下食堂』をオープンいたしました。このお店の売り上げは先ほどお話をした「子供食堂」や「子供支援事業」に使われています。化学調味料を使わない料理を提供していて、食べた人の身体も喜ぶし、その売上が子供たちにも還元される社会貢献型の食堂です。縁の下食堂は月曜日と木曜日の週2日ランチタイムに営業をしています。
縁の下食堂のInstagramはこちらから

なぜ子供食堂を始めようと思ったのですか?

僕、コロナ禍の時にすごい思ったことがあって。飲食店ってなかなか社会へ貢献することが難しい。もちろん商売なんで利益は大事なんですけど、でも社会貢献をするのが「会社のあり方」だなと思ったんです。だから、なんで社会や会社が存在するのかって考えた時に、その先の誰かに貢献できることだなって。少しでも良いから社会貢献になる事、社会に役立つものが事業であるべきだなと。それで飲食店もそうあるべきだなと思って。だから社会貢献に繋がるし、僕が料理を覚えたきっかけは子供だったから、子供に還元してあげたいなと思って「子供食堂」をやろうと思いました。

もう1つあるのは、今の浜松の街には、子供が少ないなと。中学校・高校と通学路が街中を通らないっていうのもあるのかもしれませんが、浜松の街中にも「子供が安心して来れる」「みんなでわいわいできる」っていう場所を作りたかったんです。で、その子達が大人になれば飲みに来るし、街中へも出かけに行くよっていう『入口』にも繋がっていくと思うんです。だからまずは来てくれた子達が「街中にも安心できる場所がある」って認識してくれる事。ゆくゆくは他の友達も連れて街中に来てくれるような輪が広がっていけば良いなと思っています。

今後の展望や目標などがあれば教えてください。

子供食堂というのはあくまで子供達と関わりを持つ為の”入口”だなと思うんです。で、そこは運営体制としても整ってきたから、そこからもう少し踏み込んで子供達の自立支援が出来ればいいなと思っています。例えば子達も色々な子がいて、不登校や引きこもりの子だったり、通信校に通っている子とか。それで子達の話を聞いているとやっぱり家庭環境が大変な子が多いなと。お金の面で苦労している子もいますし、外国籍で国や市の支援がなかなか届かず大変な子もいます。まともな環境で育ってきていないと生きる方法を知らない子が多いので、自立するための手助けをする。例えば奨学金を借りる為にはどうしたら良いかとか。海外に出てみたいという子には国や市から手助けしてもらえる制度を教えてあげたりもする。そういった事を選択肢として提示する事で、その子供達の”未来の可能性”が少しでも広がれば良いなと思っています。

また店としてやっている事は、関わりを持ってくれた子達の中からお店のバイトとして雇うという事。お店としても求人を出す手間が省けるし、本人にとってもちゃんとお金を稼ぐという経験にも繋がる。もしかしたら、そこで食に興味を持ち、将来お店を出してくれる子もいるかもしれないし、一石二鳥だなと思っています。

その原動力・パワーの源を教えてください。

実は、僕自身子供時代にいじめにあっていたという経験があります。だから同じ経験をした子の気持ちに寄り添えるというのもあるかもしれません。もちろん関わってきた子全員を助けるのは無理かもしれない。でも自分の関われる範囲の中で、力になれたらなと思います。結構慕ってくれる子が多いんですよ、僕。関わりを持ってくれた子の中には、不登校だったけれど学校に通えるまでになった子もいますし、将来目指したい方向をなんとなく見つけた子もいます。この前もある子がここに来て「ちゃんと学校通ってますよ」って話をしてくれました。もう、それだけで十分嬉しいなと。やっててよかったなって思います。

最後にこの記事を読んでくれている方にメッセージなどあれば教えてください

社会貢献のつもりで、とにかく縁の下食堂に食べに来てください!!食べにきてくれたその売り上げは子供たちへフィードバックされますから、ちゃんとね。日頃の活動の様子も発信しているので、Instagramも覗いてくれると嬉しいです。

 

ーー永塚さん、貴重なお話を有難うございました。